House 4-3 |
僕はしばらくベッドの上で、天井を見つめながら考えていた。
一方的に彼女を責めたこともひどく後悔していた。 たかが新聞のゴシップ記事なのに。 自分は子供のころ、ある事ない事散々書かれていやな思いをしたはずなのに。 彼女の言い分も聞かずに、勝手に浮気と決めつけて冷たい言葉で責め立ててしまった。 よくよく考えたらこんな事はあり得ないのだ。 少なくとも彼女は浮気をするような女性じゃない。だから逆にこんな記事を書いたチョウに腹が立ってきた。 「なにが大スクープだよ。これじゃあリータ・スキータと変わらないじゃないか」 そしてさっきはろくに読まなかった中身に目を通してみる。 ホグワーツ魔法魔術学校で変身術の教鞭をとるハーマイオニー・グレンジャー女史が、週末のたびにホグワーツを離れて誰かと熱い夜を過ごしているらしい。 基本的にホグワーツの教師は、週末も自分の研究室に隣接されている個人の部屋で生活しているのが常で、学期末の夏休みも帰省する教師は稀である。 そんな中で彼女は、週末はおろか平日の授業が終わった後も、時々外出をしているようである。 そこまで読んで僕は、”そんなの本人の勝手だろ?生徒じゃないんだから・・・”と思った。 こんな事でとやかく言われるのもどうかと思う。 かつてはあの有名なハリー・ポッターの親友として、その類まれなる頭脳を以て彼の戦いに尽力していた。 その後、その当時の校長であるマクゴナガル女史の希望もあり、変身術の教員として教鞭を振るっている。 そんな彼女に恋の噂である。 プロクィディッチ選手のビクトール・クラム選手は、学生のころから彼女にお熱であり、卒業後5年経ってやっとのことで彼女のハートを射止めたと思われる。 この写真は先月、たまたまマグルの町で見かけた、二人の仲睦まじい熱愛写真である。 ・・・・バカバカしい。 異性とちょっと親しげに話をすれば、すぐ恋人だの浮気だの・・・。 あれ・・・? まただ。 また何か違和感を感じた。前にも一度、ハーマイオニーといる時に感じたことがあったっけ。 なんだろう・・・? その正体がまるでつかめずに苛々する。 「なんだか、つかれた・・・」 そう呟くと、僕は手にしていた新聞を部屋の隅に放り投げて、蒲団を頭の上まで引っ張りながら目を閉じた。 *** そのあと3日間、僕は高熱ですっかりダウンしていた。 だけどその間、なぜかハーマイオニーが看病に来てくれていた。・・・といっても僕たちの間には会話もなく(僕は口もきける状態ではなかった)、意識の朦朧とする僕に食事を与え、簡単に着替えを手伝い、シーツを代えてくれたりしていた。 時間は多分ホグワーツの授業が終わってから。直接僕の部屋に姿現しをして、ほんの2時間ほどで帰っていくようだった。 3日目になってやっと意識がはっきりしてきた。 ハーマイオニーが看病してくれていたという事がわかったのも、その日だ。 「熱、下がったようね」 「うん・・・、助かったよ」 「・・・よかった」 「学校終わってから来てくれてたんだろ?疲れてるのに・・・」 「ううん、大丈夫。姿現しならあっという間だもの」 頭の下の氷枕を取換えながら、彼女は安心したように微笑んでいた。 彼女は遠慮がちに僕に近付くと、僕の顔のそばに両肘をついてその上に自分の顎を載せて覗き込んできた。 「ねえ、ハリー、一つだけ弁解させて」 「え?なにを?」 クスッと笑って肩をすくめる仕草の彼女に視線を合わせた。 あまりに近い距離にどぎまぎしてしまう。 そんな僕の動揺は、まったく彼女に届いていない。 「別にこんな事をあなたに言ったからって、どうこうなるもんじゃないけど。 私、クラムの恋人でも何でもないのよ。あの写真はたまたま彼と会った日に撮られたと思うの。 ずっと誰かにつけられてるような気がしてた。あれってチョウだったのね。彼女は預言者新聞の記者をしてるの?」 「・・・ああ、そうらしいね」 「週末や、もちろん平日もだけど、学校を離れてるのは本当よ。 でも、どこに行ってるかなんて、あなたが一番よく知ってるはずだけど・・・」 ・・・え? それって・・・。 「どうせ書かれるのなら、あなたと熱愛・・・って書かれた方が嬉しいわ」 ねっ? そう言いながら汗で乱れた僕の前髪を優しく梳いてくれる。 「でもさ。すごく・・・なんていうか・・・」 「?」 「それっぽい雰囲気に撮られてたじゃない?」 「やめてよ。いやらしい視線で見るからよ」 「い、いやらしい・・・ってなんだよ」 クスクスと笑いながら僕に着替えを差し出してくる。 「着替えもしてくれてたんだ・・・」 「もう自分でできるわね?」 「・・・できないかも・・・」 「これ以上は、私を追いかけることに一生懸命な、あなたの可愛い恋人にしてもらうのね。言っとくけどあんな記事を書かれて私、すごく怒ってるんだから」 そりゃそうだ。お互い知らない仲でもないのに。 僕たちが5年生の時は、一緒にDADAの特訓を隠れてしていた仲だったのに。 「リータみたいにコガネムシにでもして、ビンに閉じ込めたい気分だわ。あなたの恋人じゃなければね」 「・・・っぷ!あはははは・・・。そりゃいいや」 「・・・ちょっと。恋人を虫にするって言われて、笑ってる場合じゃないでしょう?」 そうだけどさ。 あぁ、久しぶりに笑った気がする。チョウには悪いけど。 それに、クラムが恋人じゃないってわかって、自分の気持ちがすっと楽になっていた。 単純な自分に呆れてしまう。いくらクラムは恋人じゃなくても、彼女はもう僕の親友の奥さんなのに。 だけど、今はこうして僕を心配して訪ねてきてくれる。 贅沢は言わない。こんな時間がずっと続けばいいと思った。 「明日また様子を見に来るわ。食事も用意してくるから無理しないで。お薬は忘れずに飲んでね。スネイプ先生に作ってもらったのよ」 「ス、スネイプ特製の薬?毒、入ってないよね?」 「あなたに持って行くとは言ってないから、多分大丈夫よ」 さり気なく怖い事を言うんだから。 でも明日も来てくれるんだ・・・。自分の心がふわっと温かくなった。 だけど、またチョウに狙われるんじゃ・・・。 だったらアレを彼女に渡しておこうか・・・? 「ねえ、ハーマイオニー。そこのクローゼットの一番上にある物、持って行ってくれる?」 「なあに?」 「僕の所に来てくれるのは本当に嬉しいんだけど、その度に君が変なうわさを立てられたんじゃ責任を感じちゃうだろ?」 僕はこっちに来てから一度も使うことのなかったそれを、ハーマイオニーに持って行ってもらうことにした。 父さんの形見の透明マント。 僕の会いに来るときだけじゃなく、ホグワーツにいるのならきっと彼女の役に立つと思って。 *** 次の日も約束通り彼女は僕の家を訪れた。 簡単に、だけど栄養が豊富そうな食事を用意してくれて、シーツを代え着替えを差し出し、洗濯をして帰っていく。 僕たちの間にはもちろん何もなかった。 キスもハグも、なんにも・・・。 ただ無意識に僕に触れてくる彼女に対して、自分の理性を総動員させなくちゃいけない場面はたくさんあった。 「熱は大丈夫かしら」とおでこに手を当ててきたり、熱いタオルを絞って僕の背中を拭いてくれたり、口についたスープをナプキンで拭ってくれたり・・・。 彼女にしてみれば、僕を親友としか見ていないから出来る事なんだろうけれど、僕にしてみたら赤くなる顔を必死で隠し、近くなる彼女の顔を見ないように視線を逸らす事で精一杯だった。 それでもそんなくすぐったいような日常がとても心地よくて・・・。 壊したくないと本気で思ってしまう。 「ねえ、ハーマイオニー?」 「なあに?」 いつものように僕の背中を拭いてくれている彼女に声をかける。 「病気の時、こんな風に看病してもらうのって・・・、僕、はじめてなんだ」 「・・・」 「すごく嬉しかった・・・。本当にありがとう・・・」 「なに水臭い事言ってるのよ」 「だって。君も忙しいのにこうしてわざわざ来てくれて・・・。とっても感謝してるんだ」 背中を拭いている彼女の顔は見えなかったけれど、きっと真っ赤な顔をしているかもしれない。上半身裸の僕は、これが恋人同士なら迷わず自分の胸に抱きこんでいただろう。 そんな事を考えて苦笑している僕に・・・。 「ハリーだから。だからこうしたいって思ったの。恋人がいるあなたに対して悪いと思ったんだけど、でもそう言ってもらえて嬉しいわ」 そう言いながらそっと僕の背中に頬を寄せてきた。 ・・・・!? 「ちょ、ちょっとハーマイオニー?」 「ごめんなさい・・・。少しだけこうさせて?」 「・・・え?」 「・・・いいから・・・」 僕はじっと目を閉じた。 背中に彼女の体温と吐息を感じる。 どういう意図をもって僕に寄りかかっているんだろう。 聞きたいのに聞けなかった。口を開けばこの時間は呆気なく終わってしまうだろう。ただ黙って彼女の温もりを感じるだけで幸せだった。 どれだけ振り向いて彼女を抱きしめたいと思ったか。だけどそれは僕たちの終わりを意味する。抱きしめるだけで我慢できる自信はない。 これが今の僕たちの最も近い距離。 キスよりもセックスよりもずっとずっと。 だから心では、彼女の体を折れるくらいしっかりと抱きしめていた。 |
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