House 4-1

怒涛の週末を終え、精神的にも体力的にも参っていた。
仕事面はともかく、私生活においてのダメージが大きかった。
身体はだるくて溜息ばかりがついて出る。
理由なんて自分が一番よくわかっている。
あれから二人には会っていない。会っていないというか・・・、きっと愛想を尽かされたと言った方がいいかもしれない。
別にチョウにどう思われようと構わなかった。恋焦がれて付き合い始めたわけじゃないのだから。

だけど。

勝手な男と言われようと、ハーマイオニーに嫌われるのだけは・・・。
別に自分のことを愛してくれなんて言わない。
でも、友達としても見放されてしまったらきっと立ち直れないかもしれない。

そこまで考えて思わず苦笑してしまった。

嫌われて結構じゃないか。
5年前、何を思って彼女の前から姿を消したと思ってるんだ。
叶わない想いを封じるために、彼女を忘れるために離れたのではないのか。
だったら丁度いいんだ。これで思いっきり彼女に嫌われて、そして以前の生活に戻って、忘れていけばいい。


仕事の帰りに、いつもは寄らないショッピングセンターへ行った。
時間は9時を回っていたので、いつものスーパーは既に閉まっている。明日は休みだったけれど、冷蔵庫の中はほとんど空っぽで、朝食用のパンすらもない。
だるい体を引きずるようにして何とか買い物を済ませた。
自宅にやっとの思いで辿り着くと、リビングのソファに倒れこんだ。
買ってきた食材を冷蔵庫に入れなくちゃいけないのに、そんな力も気力も残っていなかった。
僕はそのまま死んだように眠りに落ちていった。


***


どのくらい時間が経っただろうか。
香ばしい匂いがしてぼんやりと目が覚めた。
何だろうと思い身体を起こそうとして、額に濡れたタオルがのせられているのに気がついた。

「・・・・え?」

ソファにそのまま倒れこむようにして眠ったはずの自分には、きちんと蒲団が掛っていた。
誰かがいることは間違いない。ただそれが誰なのか・・・。
複雑な気持ちのままソファから起き上がると、熱があるのか軽い眩暈がした。

「ハリー!駄目よ、まだ横になってなきゃ」

・・・・あぁ、その声は・・・。

「来てたの?」
「・・・ごめんなさい、勝手に上がりこんでしまって」

そこには最も会いたくて、最も会いたくない女性。

「僕、いったい・・・?」
「熱があるのよ。私が来たとき凄く辛そうに横になってたの。」
「・・・もう来ないかと思ってた」
「・・・」

「チョウじゃなくて・・・ごめんなさいね。ひどく余計なことをしてるってわかってるの。でも、苦しそうにしているあなたを放っておくことが出来なくて・・・。」
「どうしてそんなこと言うんだよ。余計なことなんて思ってないし、チョウじゃなくてごめんなさいなんて言わないでよ」
「だって・・・。こんな時傍にいて欲しいのは私じゃなくて恋人の方でしょ?あ、でもすぐに帰るから」

どうも自分の意志は弱いようだ。嫌われてもいい、このまま見放されたら都合がいいくらいに考えていたはずなのに。
彼女を前にするとそんな事は簡単に忘れてしまって、素直に嬉しいと思ってしまう。

「この間はごめんね。どこに隠れてたの?」
「・・・取りあえず姿くらまししたの。いつもあなたの家に来る時に姿現しする近くの路地まで。そこからあなた達が出かけるのが見えたから、戻って片付けを・・・」
「そう」
「ごめんなさいね。やっぱり鉢合わせになっちゃったわね」

謝らなきゃいけないのは自分の方だ。
チョウと付き合っているのは、自分がハーマイオニーを忘れるためで、別に彼女に気まずい思いをさせる為ではないからだ。
でもまさか、チョウが自分の家を探してまで訪ねてくるなんて思ってもいなかったのだ。

「謝るのは僕だよ。別に僕はチョウに君と一緒にいる所を見られたってなんとも思わないから。そんな事じゃなくて、僕が気にしてるのは、あのまま二人で出掛けてしまったことだよ。君が来てくれてるのにほったらかしにしたみたいで・・」
「私が自分のいることを隠してってあなたにお願いしたんだもの。そんな事気にしてないわ」

・・・そんな、事、か。
そうだ、僕たちは友達だもんな。

「・・・僕、熱高いのかな・・・?」

「そんな事」と言われて、ちょっと気弱になってしまいそうな自分を奮い立たせる。何かほかの話題で・・・。

「ええ。気がつかなかったの?買い物の袋もそのままで横になるくらいだもの。仕事、忙しいのね」

いや。
自堕落な生活から逃れたいがために、自ら仕事を抱え込んでいただけだ。
それまではチョウとの荒んだ付き合いで心身ともに疲れ果てていたけれど。きっとそれも影響しているはずだ。
だけどそんな事は言えない。

「チョウと・・・。チョウに一緒に暮らしてもらったら?」

・・・え?

「恋人なんでしょう?一緒に暮らせば・・・」
「どうしてそんなこと言うんだよ!?・・・君がそんな事言わないでよ・・・」
「・・・ハリー?」

「君こそ・・・!君こそこんなところに来てないで、ロンと仲良く暮していればいいだろう?君には君の生活があるはずだ。なのに・・・。どうしてこんな所にいて、挙句、チョウと一緒に暮らせなんて言うんだ!」

「ご、ごめんなさい。そんなつもりで・・」
「・・・」
「ハリー・・・」
「君は・・・。僕がチョウと一緒になればいいと思ってたりするの?」

好きな女性から、他の子と一緒になったら・・・なんて言われて、僕は激しく動揺していた。
君は僕に何を言いに来たの?
わざわざ魔法界から姿を消して、必死で忘れようとしていたのに。
それを、君の方から僕に声を掛けてきて。
お願いだからこれ以上僕を落ち込ませないで・・・。

「私はあなたのことが心配なのよ。急に私たちの前からいなくなって、何の連絡もくれなくって。独りで暮らしてるのはいいけれど、こうして病気になった時、あなたは誰に看病してもらっているの?つらいことがあった時、誰に相談しているの?昔はいつも私たちがいたわ。でも、今は違う・・・。」

目に涙を溜めながら、彼女はそっと僕を抱きしめてくれた。
彼女が僕を心配してくれているのは本心だろう。ずっと前からそうだった。彼女はいつも真剣に僕を守ってくれていた。
そんな事十分に分かっている。
でも、いつからか。
僕がそれ以上の関係を求めてしまうようになっていたんだ。

「・・・じゃあ・・・」
「?」
「君が僕のそばにいてよ・・・。一緒にいてよ・・・」

思わず言ってしまった本心。君じゃなきゃいやだ・・・。

「ハリー・・・、私は・・・」
「ごめん。わかってる。親友として・・・って意味だけど・・・」

困らせたと思い、慌てて本心を隠す。

「違うの、そうじゃない・・・」
「・・・え?」
「わたし・・・」


その時、玄関の郵便受けから何かが落ちた。
バサッと落ちたそれは結構な大きさのもので。
何かを言いかけていたハーマイオニーは、そっと僕から離れると玄関へ向かった。戻ってくると彼女の手には、見慣れない封筒。

「ハリー、あなたに・・・」

なんだろう?

裏を返すと、そこには差出人のチョウ・チャンの名前があった。





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