House 3-3

深夜2時。
僕はチョウが眠っている間にホテルを後にした。
身体を重ね合った後で、普通の恋人同士の様な甘ったるい会話なんてできるはずもなく。
ただ一言、「ごめん、先に帰る」とメモに書いて。
タクシーの運転手は余計な詮索などしなかったけれど、チラチラと様子をうかがうような視線がバックミラー越しに伺えた。
そりゃそうだ。
それを目的とするようなホテルからタクシーを呼んで、乗り込んで来たのは男一人だもんな。
別にどう思われたっていい。ここは魔法界じゃないし、たとえ魔法界で起こした行動だとしても、僕は咎められるような行動をしているわけじゃないのだから。

(はぁ・・・)
思わずついてしまった溜息に、運転手が怪訝そうな目を向けた。


フラットの玄関の前に立つと、ドアの間にメモがはさんであった。
あぁ、見なくてもわかる。彼女はきっと今夜もここに来たんだ。
さすがに2週間、一度も家にいなければ、不審に思うだろう。
案の定彼女らしい一言が綴られていた。

仕事が忙しいのはわかるけど、たまにはちゃんと休養をとらなくてはダメよ。

そのたった一言が嬉しかった。
そうだよな。
別に彼女にしてみれば、僕が避ける理由なんて知らないのだから、単純に仕事が忙しいと思ってるはずなんだ。
いくら彼女だって、僕が自分を好きでいるなんて思いもしないだろう。

忘れようとして他の女を抱き、深夜に帰宅して寝不足のまま仕事へ出掛ける。
そんな馬鹿な事をしている僕を心配してくれる彼女。

(こんな姿を見られたら、烈火のごとく怒るんだろうな・・・)

フッと微笑んで、今度の休みは家にいてみるか・・・と考える僕がいた。


***


その日の休日まで僕は、数回チョウとデートを重ねた。
その都度帰宅は深夜になった。
驚いたことに彼女は会うたび身体を重ねたがった。
あんな抱き方しか出来ない僕なのに・・・。
別に拒む理由もなく、その方が自分にとっても楽だった。会話も少なくて済むし、何より余計な事を考えなくていいからだ。
だけどさすがに寝不足が祟り、せっかくに休日なのに僕は昼近くまでベッドの中で過ごしていた。

空腹と、カーテンから差し込む日差しが眩しくて寝ていられなくなった頃、僕はもそもそとベッドから起き上がった。
冷蔵庫を開け、ミネラルウォーターと林檎を出して、それを交互に口に運びながらソファへ腰を下ろす。
そこへドアを遠慮がちに叩く音。
僕は小さく微笑んで玄関へと向かった。

ドアを開けるとそこには予想した通り、満面の笑顔で立つハーマイオニーがいた。

「ああ、ハリー!久しぶりね。元気だった?」
「おかげさまで。ごめんね、いつも留守だっただろう?」
「仕事、忙しかった?」
「まあね。おかげで今起きたところ」
「・・・あ、疲れてるのね。また今度にした方がいいかしら・・・」
「充電完了ってところかな。気にしないで」

そう言って彼女を部屋の中へ招き入れた。
疲れてるのは確かだけれど、仕事疲れなんかじゃなくて、ちょっとバツが悪い。

「ごめんね、来てもらったのに何も出すものがないんだ。」
「そう思って・・・。余計な御世話だったらごめんなさいね。」

遠慮がちに、彼女は持っていた紙袋からサンドイッチ、サラダ、それにグリルチキンとコーヒーを取り出した。
お昼を一緒に食べようと思って買ってきたの・・・と、テーブルの上に並べ出す。
なんだか久しぶりにまともな食事にありつけたような感じだった。あれから数週間、ろくな物を食べていなかった。
チョウとのデートはもっぱらパブやバーばかりで。

「なんか・・・、嬉しい・・・」
「え?」
「久しぶりに食事らしい食事ってかんじ・・・」

感動している僕に、大袈裟なんだから・・・と笑っている。

(・・・癒されてちゃマズいよな・・・)

「さあ、温かいうちに食べて。不健康そうな顔してるわよ」
「サンキュー。いただきます」

こうして久しぶりの温かい愛情こもった食事に(テイクアウトだけれど)、僕はしゃべることも忘れて貪りついていた。


***


食事も一段落したころ、唐突に彼女が僕に謝って来た。

「あの・・・、今日はあなたに謝りたいと思って来たの。ずっとずっとそう思ってたんだけど、あなた忙しそうで家にいなかったでしょ?」
「何を謝るの?僕、君に謝罪されるようなこと、何もされてないよ」

謝るのは僕のほうなのに。来るのを分かっていて家を空けていた。きっと何度も何度も訪ねて来てくれたの違いない。

「・・・・あなたに・・・、キスを強請ったりしたこと、謝りたいの」

・・・・。

「軽はずみだったわ。嫌な思いをさせてごめんなさい。ハリーは私の恋人じゃないのに・・・」

この時ちょっとした違和感があった。何が・・・と問われてもはっきりとは答えられない違和感。
それが何か考えていて、返事をすることが出来なかった。

「やっぱり怒ってる?」
「・・・」
「ねえ、ハリー?」
「え?あ、ごめん。いや、謝らなきゃいけないのは僕だよね。例え冗談でも親友の奥さんにキスするなんて・・・。だから、謝るのは僕だよ」

キスしたかったから嬉しかった・・・なんてことは言えない。

「あ・・・、ハリー違うの」
「何が違うの?」
「実はわたし・・・」

彼女が何か言おうとしたその時、再び玄関のドアをたたく音がした。

「「?」」

誰だろう・・・?

「ごめんなさい、ハリー。誰だか分らないけど、私がここにいる事内緒にして・・・」
突然慌てたように、ハーマイオニーが小声で僕に囁く。

「あ・・・うん、いいけど。じゃあ、バスルームの方にでも隠れてて。」
あわててテーブルの上を片付けると、彼女は自分のコートを持ってバスルームに隠れた。
なんか、ヤバいことでもしてるのか?
まあいいや。結婚してる女の人が、いくら昔の親友の家だとしても、独身男と二人で食事をしてたとなれば立場が悪くなるんだろう。
特に気にすることもなく玄関先で声を掛けた。

「はい、どちら様ですか?」
「私よ。チョウよ。」

・・・・!
なんだよ、このタイミングで。っていうか、何で僕の家を知ってるんだ?

悪態をつきたいところだったけれど、諦めて僕は玄関のドアをあけた。
外の彼女はハーマイオニーが来てる事は知らない。

「こんにちは」
「や、やあ。よくこの家の場所がわかったね?」
「あら、恋人の家を探しちゃマズかったかしら?会社の方で聞いたのよ」

おいおい、恋人とか言うなよ、ここで。・・・いや、そうなんだけど・・でも・・・。
僕はあせった。

「ちょ、ちょっと散らかってるんだ。それに今こんな格好だし。あとで電話するから・・・」
「あら、部屋にあげてくれないの?冷たいわね。それにこんな格好でいいじゃない。私といる時はいつも裸でしょ?」

な、な、なにを言い出すんだ、この女は・・・!!
別に恋人なんだから部屋にあげるのは普通の事なんだろう。休日に訪ねてこられてマズいことなんてあるはずがない。
だけど。
チョウの口からその事がハーマイオニーに知れるのが嫌だった。
自分の口で伝えたかったのだ。
多分今の会話をすべてハーマイオニーには聞かれてしまっただろう。僕は完璧にあせっていた。恋人だからとか、裸でしょ・・・とか。

「ちょっと・・・、顔色悪いわよ。大丈夫?」
「あ、ああ。ちょっとだるくてさっきまで寝てたんだ。ごめん、又今度にしてくれないか?僕から連絡するから」
「あーー!もしかして他の女の子でも来てるんじゃないでしょうね?」

す、するどい・・・、ってそうじゃなくて!

後で考えれば、どうしてこんなに慌てなくてはいけなかったのだろうと思う。
別にチョウに隠す必要なんてこれっぽっちもないはずなのに。今ハーマイオニーが来てるんだよ・・・と言って、一緒に部屋で過ごしたって全然不思議じゃない。
そしてハーマイオニーには、今チョウと付き合ってるんだ・・・と言って紹介すればいいだけの話し。
人間、どこかやましい事があると、冷静な判断なんて出来なくなるんだって事、僕はこの時痛切に感じたのだった。





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