House 2-5

「どう?少しは落ち着いた?」
「・・・・」
「ねえ、何かあったの?」
「・・・何かって?」

シャワーを浴びて出てきた彼女に、冷えたミネラルウォーターの入ったコップを渡して問いかけた。

「急にキスしてきたり、チョウがどうとか言いだしたり・・・」

わざとチョウの名前を出して、隠すつもりなんて全然ないよ、というニュアンスを込めてみた。

「・・・チョウとはお付き合いしてるの?」

どう言っておこうか。
まだ彼女とは付き合ってるわけじゃない。今まで付き合おうと思ったこともない。
だけど、都合よく現れたチョウの存在を利用しようとしている自分がいる。

「付き合ってるわけじゃないけど。でも付き合ってくれとは言われている。」

これは嘘じゃない。

「付き合おうと・・・、思ってるの?」
「どうして気にするの?」
「だって・・・」

だって、何なんだ。

「もしハリーにつき合う子が出来たとしたら、私がここへ来るのは迷惑になるでしょう?」
「どうして?」
「どうして・・・って。だって誤解されちゃうじゃない。」

チョウは魔女だ。誤解も何も・・・

「君が既婚者なのは周知の事実だろ?それに僕達がホグワーツにいたころは親友だったなんて事、チョウだって知ってるよ。」

だから君がここを訪ねてきてたって、誰も誤解なんてしないはずだろ?

「それとも。誤解されるようなこと、僕としようとか思ってる?」
「そ、そ、そんな事言ってないわよ!」
「なら別にいいじゃない。君が気にしないんだったら僕も気にしないよ。」

それに・・・。
例えチョウと付き合うようになったとしても、ここへ連れてくるような事はない。
そうしたいとは思っていないから。
本気で好きだと思う人しか、自分のプライベートな空間に連れてこようなんて思いっこない。

「前から聞こう聞こうと思ってたんだけど・・・」
「?」

ここはやっぱり聞いておいた方がいいだろう。
今まで頑なに口にするのを躊躇っていた親友の名前を、僕は勇気を出して口にした。

「君がここへ来るようになった理由は?ロンと喧嘩でもしてるのかい?」
「・・・・」
「言いたくなければ無理に聞こうとは思わないけどさ。ちょっと気になってたんだ。遅くまでここにいて怒られないかとか、かえって事態を悪くしてるんじゃないかとか。」
「・・・大丈夫よ、多分。」
「・・・そう。ならいいんだけど。」

多くを語りたがらない彼女を不審に思ったけれど、言いたくないのらそれ以上詮索しようとは思わなかった。
彼女とロンの喧嘩は散々見てきた僕だ。それに付け込んで彼女と・・・なんて何度考えて玉砕したことか。
いい加減僕も、その辺は学習している。期待して裏切られるのはもうこりごりだった。

「あ、でもさっきのキスは誤解されるような事だよね?まあ、君は酔ってて普通の状態じゃなかったから仕方ないけどさ。」

わざとからかう様な口調で言ってみる。
君にとっては酔った勢いのおふざけだったかもしれないけれど、僕にとっては一応想いを寄せる女性との記念すべきファースト・キスだ。
こんな状態でなければ小躍りするくらいの嬉しい出来事なのに。

「酔ってたって意識はあるわ。なによ、応えようともしてくれなかったくせに。あんなの唇と唇がぶつかり合っただけじゃない。キスなんかじゃないわ。」

なにそれ。

「まだ酔ってるようだね・・・」

あんなのキスじゃないと言われて腹が立った。あのまま抱きしめて、深く繋がりたいと思う気持ちを必死で抑えつけたのに。
崩れそうになる理性を必死で奮い起こしていたのに。
愛する君との初めてのキスに・・・、少しだけ泣きそうになったって言うのに・・・。

僕はおもむろにテーブルの上のコップを手にすると、中の生温くなった水を出来るだけ多く口に含んだ。


・・・そして。

「・・・ん、んん・・・」

彼女の顎を強引に上向かせると、僕はその真一文字に閉じた唇を塞いでいた。
驚きで目を見開いている彼女を、同じように見つめ返しながら少しずつ口の中の水で彼女の唇を濡らしていく。
その水が僕の用意したパジャマを濡らしていくのも気にしないで。
右手は彼女の頬を撫で、左手は顎に添えたまま。
そして薄く開けた唇から舌を出すと、彼女の唇をそっとノックした。
震えながらうっすらと開いていく彼女の咥内に、さっき彼女が望んでいたように水を送り込む。
彼女の喉がコクリと水を飲み込んでいく。
その隙に僕の舌が彼女の中にするりと滑り込んだ。

「あ・・・、うんん・・・」

舌の先端を舐めまわすと彼女の口からくぐもった音が漏れる。それをきっかけに僕の左手は彼女の後頭部を押さえつけ、さらに引き寄せた。
上顎から歯列を沿って、再び舌を絡めとり・・・。
激しくなるキスはさらに僕の理性を崩していく。
彼女の腕が僕の首に回り、僕は彼女を床に押し倒して・・・。
下半身に痺れたような感覚が走る。僕の唇は、パジャマから覗く彼女の首筋に移動していた。

「ハ、ハリー・・・」

彼女が僕の名前を呼んだのをきっかけに、ふと我に帰った。
じっと見つめあう目と目。お互いの息は激しく上がっている。

これ以上はさすがに・・・

「・・・ハリー?」
「これならキスって認めてくれる?」
「あ・・・」

フッと笑って僕は彼女を引き起こす。

「いいかい?僕だからこれで済んだけど、他の男だったらそうはいかないんだよ。」
(我を忘れて夢中になってたくせに。)
「酔ってればなおさらの事、きっと君は取り返しのつかない事になる。」
(まさに自分がそうしようとしたくせに。)
「だから他の男にキスなんて強請るな。わかった?」


「・・・ハリーだから・・・、キスしたかったって言ったら?」
「キスは愛する男とするもんだよ。君のキスの相手は僕じゃない。」


***


ソファの上の彼女を見やり、自分のタオルケットを掛けてやった。
既に彼女は眠っている。アルコールのせいか長い沈黙に耐えられなかったのか、彼女はソファに倒れこむとうずくまる様にして眠ってしまった。

眠る間際に彼女が呟いた「ハリーの馬鹿」という言葉。
ああ、僕は馬鹿だ。彼女にキスするつもりなんてなかったのに。
夫のいる女性に何をしてるんだろう。
気持ちが落ち込んだ時やむしゃくしゃする時、誰だって羽目を外したくなる。
現に彼女がそうじゃないか。ロンと喧嘩して自棄を起こしていたんだろう。
でも僕は・・・。
あのまま彼女を抱くことだって出来た。
でも僕が欲しているのはそんな彼女じゃない。彼女を後悔させることも本意じゃない。
もうどんな事があっても彼女は手に入らないんだ。一生彼女はロンのものなのだ。

(やっぱり会わない方が良かったんだ)

そっと自分の唇に手を添える。さっきまで彼女が触れていた唇。

消してしまわなきゃ。こんな想いは・・・。

僕はギュっと自分の唇を噛みしめた。
そして、彼女へと貰ったピンクのマグカップを、目の触れない戸棚の奥へと仕舞い込んだ。




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