House 2-3

空腹で目が覚めた。
ぼんやりした頭で腕時計を見るとすでに11時半になっていた。
一瞬それが昼間なのか夜なのか分からなくてボーっとしてしまう。
ああ、そうか。彼女が来るかと思って夕食をまだ食べていなかったんだっけ。
のそりと横になったソファから起き上がる。
すると、自分が横になった時とは違う状況に、ますます頭が混乱してくる。

いつの間にタオルケットなんて掛けたんだっけ・・・?

自分には眠った記憶がなかったから、多分ソファで雑誌かなんかを横になって見ていたまま眠ってしまったに違いない。
無意識に寝室までとりに行ったのかなあ・・・。
そんな事を考えながらタオルケットを手に立ちあがる。
既にこんな時間だから彼女は今日は来ないだろうと、少しだけガッカリしながらリビングの明かりを消して寝室へ向かった。
今夜はさっさとシャワーを浴びて寝てしまおう。既に日が変わろうという時間なのに、さっさと言うのも変だけど。

そこで寝室のドアを開けて、僕は後ろへひっくり返りそうになるくらい驚いた。
なんと、僕のベッドの中で幸せそうな顔をして眠るハーマイオニーがいたのだ。

な、な、な、なんで彼女がここにいるんだ?
もしかして直接ここへ姿現ししたとか・・・?
まさかだよな。
だって僕たちは寝室のベッドまで共有する様な関係じゃない。
ああ、そうだ。間違えちゃったんだ。自分の家の寝室だと思って姿現ししちゃったんだ。あれって確かすごく難しかったもんな。

・・・・・。
・・・って。そんなわけないだろ、彼女に限って。

彼女がここに寝ているという正当な理由が欲しくて、あれこれ考えてみるけれど。
どれもこれもあり得ないような想像ばかりで余計パニックになりそうだ。
そんなパニックに陥っている僕がいるかと思えば、頭のどこかでは冷静な自分がいて。
これ以上遅くに彼女を帰らせることはできない、そろそろ起こしてちゃんとした理由を聞いて、早く帰宅させなければ・・・なんて考えている。

「ハーマイオニー、ハーマイオニー。起きて。ここは立ち入り禁止区域ですよー。」
もそもそと寝返りは打つものの、一向に起きる気配がない。一体何時から寝てたんだろう。
全く無邪気なもんだよ。
あーあ、幸せそうな顔しちゃってさ。
警戒心のかけらもないんじゃ僕も見下げられたもんだ。ここは一応、一人暮らしの独身男の寝室だろ。

「でもまあ、こんなチャンス、めったにないよね。」

そう小さく呟いて、僕はベッドの下の床の、彼女の顔がよく見える場所に座り込んだ。
そして頭を腕に乗せて彼女の顔を覗き込んだ。
うっすらと残るそばかすのあと。ふうん、随分薄くなったんだ。
メイクもほとんどされていないから、昔の名残が少しだけうかがわれる。
まつ毛も長いんだね。唇はふっくらとしている。少しだけ開けた唇の間から、彼女の規則正しい寝息が洩れている。

この唇。4年生の時僕のほっぺたにキスしてくれたんだよね。
あの時は一瞬何が起こったのか分からなくなるほどびっくりしたのを覚えている。
でも。
一度もこの唇が僕の唇に触れたことはない。

そんな事を考えていると、無意識に知らず知らずのうちに延びる僕の手。
何度も触れようとして、躊躇って・・・。
もし触れてしまったら、きっとそれだけじゃ済まなくなる。無防備に眠っている彼女の上に覆いかぶさって、そして・・・。
でもそんな衝動は、今までの彼女との関係を壊すことは目に見えている。
まだ再会してからほんの少しの時間しかたっていない。
友達としてでいいから、僕はまだ彼女とのささやかな時間を失うことはしたくなかった。。
彼女との距離を置きたくて、魔法界から逃げて来たって言うのにこのザマだ。

あともう少しで触れそうだった自分の手を引っ込めて僕は立ちあがった。

「ちょっと、ハーマイオニー。起きるんだ。」

大きめの声で、彼女の肩も揺り動かしながら「頼むから早く起きてくれ」と心の中で叫ぶ。

「ハーマイオニー!」
「え?・・・・っ!やだ、私・・・?」
「僕のベッドにいつ忍び込んだの?」
「ハリーの、ベッド?」

完全に寝ぼけてるよ。
「これはありがたく頂いてもいいってことなの?」
相当驚かされたんだ。この位の仕返しはしなくちゃ気が済まない。
「シャワー、使う?それともこのまま、する?」
わざと声を低くして、彼女の耳に顔を寄せて呟いた。ああ、僕、なにやってんだろ。

「ちょ、ちょ、ちょっと。ごめんなさい。玄関のかぎが開いてたの。そうしたらあなたが気持ちよさそうに寝てたから・・・。」
「で?僕が起きてくるのをベッドの中で待っててくれたんだろ?」
「違うわよ!だって・・・。あなたの寝室、いい匂いがするんだもの。タオルケットを掛けてあげようと思って入っただけなのよ。」

いい匂いって・・・。まったく。
これ以上無邪気な言葉を聞いていられなくて。
冗談でも言ってふざけてないと、この状況を自分のいいように置き換えてしまう。

「じゃ、いっただきまーすvv」

そう言ってわざと彼女に触れるように、腰をベッドの上にのせた。
すると彼女は顔を真っ赤にして、それでも抵抗することなく諦めたように目をギュッと瞑って硬直している。
僕は小さくため息をつくと、彼女の眼もとにチュッとキスを落とした。これは友情のキス。

「男の寝室でそんな無防備でいると、本当に食べられちゃうよ。」
「ご、ごめんなさい・・・。」
「こっちこそごめん。ちょっとからかい過ぎたかな。ほら、もう帰らないと。せっかく来てくれたのに寝ちゃっててごめんね。今度は起こしてよ。」

ニッコリ笑って安心させると、彼女も真赤な顔のままバツが悪そうに、だけどほんのちょっぴり寂しそうに下を向いて微笑んでいた。

「あの、ハリー?」
「ん?」
「あ、明日も来ていい?」
「え?あ・・・、いいけど。でもそんなにしょっちゅう家を空けて大丈夫なの?」
「いいのね?よかった。あ、でも迷惑なら遠慮なく言ってくれていいのよ?」
「だから。前も言ったけど、君がここにいて困る事なんて何もないよ。」

これは本心。いつだって彼女に会いたいのだから。

でも今回も僕の質問にはまるで答えてはくれなかった。ちょっと引っかかったけど無理とではないだろうと思い、気にしないように努めた。
それよりも、自分の本心がうっかり漏れてしまわないように、気を引き締めることで精一杯だった。

いつでも来て。君が好きなときに・・・。



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