House 2-2



久しぶりの休日。
めずらしく天気もよくて、僕は部屋の窓を全部開け放した。
向かいのベーカリーから焼きたてのパンの香りが風に運ばれて漂ってくる。

今日は休みだけど、彼女、来るかな・・・。
あとでベーグルとフランスパンを買ってこようか。

そんな事を考えながら鼻歌交じりに掃除機をかけだした。
二人で一緒に見た雑誌が、この前彼女が来たときのままソファの上に置きっぱなしになっている。
掃除機をかける手を止めてそれをまとめていると、はらりと何かが床に落ちた。
窓から入り込む日差しを受けて、ほんの微かに光ったようなそれ。
それは彼女のふんわりとしたウェーブのかかった長い一本の髪の毛だった。

会いたいな・・・。
うん、会いたい。

彼女が来ても来なくてもあとでベーカリーへ行ってみよう。



「あら、ハリー、いらっしゃい。」
「おはようございます。今日はもうベーグル出来てる?」

このベーカリーのマダムとは既に顔見知りで、僕が真向かいのフラットで一人暮らしをしてるのを知ってるから、時々売れ残りそうなパンをサービスしてくれたりする。

「ベーグルね?いくつ?」
「そうだなあ・・・。6個くれる?」

一人暮らしの大人が買うには少し多すぎる数を注文して、ちょっと変に思われないかとそわそわしてしまう。
おまけにフランスパンを自分の分と、もしかしたら彼女は家に持ち帰って食べるつもりかもしれないと思い2本も手に持っている。

「最近随分食べるようになったのね。」
・・・するどいよ、もう。
だから僕もここは正直に打ち明けることにした。
「いや、あの、友達がここのパンをすごく気に入ってくれたんだ。だからその分も・・・。」
「あら。ファンが増えて嬉しいわ。じゃあその子にこれからも御贔屓に・・・って、これをプレゼントしてくれる?」

そう言うとマダムは僕の後ろの雑貨が並んでいる棚まで向かい、その中からシンプルだけどどこか温もりのあるマグカップを二つ、色違いで持ってきた。

「こっちのはその新しいお客さんに。そしてこれはあなたに。」
「え?僕の分も?」

新しいお客さんに・・・と言われて差し出されたカップは、サーモンピンクのマグカップ。
そして僕用に言われたカップはモスグリーンの物。

「あの・・・?」
「一人暮らしじゃその子の分のカップまで揃えてないでしょう?どうせならペアで使った方が素敵じゃない?」
ぺ、ペアって?僕一言も女の子なんて言ってないよね?いや、マダムだって女の子なんて言ってない。でもこの色を使うって言ったら、どう考えたって女の子が前提の上で差し出されたものだろう?
僕がどぎまぎと、どう言っていいか考えあぐねていると、
「あら、女の子じゃなかったの?」
「あ、僕・・・、女の子なんて言いましたっけ?」
「パンの味が気に入ったなんて言うのは大抵女の子よ。それに、相手が男だったら、あなた、わざわざ買ってきてあげたりする?」

あ、あははは・・・

「さすが歳の功だね、マダム?」
「歳の功だけは余計よ。まあ、今度紹介して頂戴。サービスさせてもらうわよ。」
「うん。ありかとう。ただの友達だけどね。」

最後の余計な一言が、かえって墓穴を掘ったとも気付かない僕は、帰り際にマダムが大声で叫んだ冷やかしに、持っていたフランスパンを危なく二本とも落とすところだった。

「モーニングコーヒーは男の人が淹れてあげるのよー!!」




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