House 2-1



「本当においしい!これ、そこのベーカリーの?」
「うん。これもいいけど、一押しはベーグルなんだ。今度買っておくよ。」

僕のお気に入りのベーカリーのフランスパンに、彼女の持ってきたチーズとワインで軽い夕食をとっていた時のこと。
ハーマイオニーはそのフランスパンの味がかなり気に入った様子だった。

今度買っておくよ・・・なんて。何を言ってるんだ、僕は。
そんな僕の動揺にも気付かずに、彼女は じゃあこのフランスパンも買ってきておいて なんて言う。
ねえ、自分が何を言ってるのか分かってるの?
「買ってきて」じゃなくて「買ってきておいて」って。このフランスパンは自分の食事の為じゃなくて、こうして僕と一緒に食べるために買ってきてと言ってるように聞こえちゃうんだよ。
だから僕も調子に乗って、「じゃあ君はこのワインを又買ってきてくれる?」なんて言ってしまった。

「僕はいつもビールしか飲まないから、ワインがこんなに美味しいなんて知らなかったよ。」
「どこにでも売ってるような安物のワインなのよ。でも一人で飲むより、ホント、ずっと美味しいわ。」

・・・・。

え?君はいつも一人で飲んでるの?そう問いかけたいのに出来なかった。これを言ってしまえば、今まで頑なに口にしなかったもう一人の親友の名前を言わなくてはならない。別に彼に対して憎しみなんてないけれど、まだ自分の中で消化しきれていない何かがあることは確かだった。
彼はもちろんのこと、他の誰にも自分の気持ちを打ち明けたことはない。だから、彼女に対するこの気持ちを知っている人は誰もいないはずだ。
誰にも気付かれていない自信もあった。だから僕が彼を避ける必要なんてこれっぱっちもないはずなのに。

つまり。
自分が思いを寄せている女性が、この男を好きになったんだと考えながら彼と対峙するのが嫌だったのだ。
結局自分は嫉妬深くて妬み屋で。器の小さいどうしようもない男なんだ。

「・・・・ねえ、ハリー、聞いてるの?」
「え、あ、ごめん。なんだっけ?」

彼女の何気ない一言にすっかり思考を奪われてしまっていた。
「もうっ!私が話をする時って、時々ボーっとしてるわ。私何か変な事言ってる?」
「ううん、そういうわけじゃないんだけど・・・。ただ・・・」
「ただ?」
「君が一人でワインを飲んでる姿を想像して、ちょっといいなあって思っちゃっただけ。」
わざとふざけた様子で、あくまでも軽い冗談を言ってるように。
ソファには座らず、ソファに背をもたれさせて座る彼女に、ちょっと見下ろす感じでウインクをした。
途端に真っ赤になる彼女がとても可愛かった。あの頃とちっとも変わってない。こうして大人になって、ワインなんて飲むようになったけれど、
そんな彼女が、まるで僕を動揺させるような事を口走った。
いや、さっきの仕返しかもしれない。

「ハリー、あなた恋人とか・・・いないの?」
「−−−−っ!?」
ゲホッゲホッ
「な、な、何を急に?」
ワインにむせながら,、目を白黒させている僕の背中をさすりながら呆れたように笑う。

「何をそんなに慌てているのよ。ほら、大丈夫?」
クスクスと笑って、紙ナプキンで僕の口を拭おうとしてくれている。ちょ、ちょっと。心臓に悪い・・・。
僕は慌ててその紙ナプキンを彼女の手から取り上げると、

「いいよ、自分で拭くから。・・・って、なんでそんな事急に聞くんだよ。」
君に聞かれるのが一番堪えるんだけど。なんて事は口にしなかったけれど。

「だって。私がこうやってあなたの部屋を訪ねてくるようになってからそこそこ経っているのに、一度もあなたの彼女と鉢合わせになったことないわ。それに、女の子がドキドキする様なこと平気でサラッと言ってのけちゃうんだもの。」

さり気なくウインクなんてしちゃって・・・と、ぶつぶつ何か言っている。
いるわけないだろ、そんなの。大体君を好きな僕が、どうして他の女の子に興味なんて抱くと思ってるの。
無言の抗議にまるで気付くこともしないで、挙句の果てに僕の肩に背中を寄り掛けてくる始末。
あぁ、あったかい・・。じゃなくて。

「僕の恋愛事情に興味があったりして?」
こっちの動揺の方がかなり大きくて格好悪いと思った僕は、こうなりゃ更に上を行くしかないとばかりに反撃を開始する。

「聞きたければ聞かせてあげるよ。そうだな。・・・あ、先月久しぶりに会ったチョウの事でも話そうか?」
「チョウ?」
「うん。」
「チョウって、あのチョウ?あなたが五年生の時ファーストキスをした、あのチョウ・チャン?」
なんか余計な事ばかり覚えてるんだから。そうだよ。あのチョウ・チャンだよ。

「あー、何か僕。あの頃のままのウブで何も知らない純情少年とか思われてない?」
ファーストキスって言う言葉を強調してないか。僕だってもういい大人だよ。普通にいろいろな事を経験してきたつもりだし。
それがすべて目の前の彼女を忘れるための遊びだったとしてもさ。
今ここで、あの時のチョウにした事と同じことを彼女にしたら・・・。
そんな不埒な事を少しだけ考えてしまって、急に僕は頭をぶんぶんと左右に振った。

「ハリー?」

不思議そうな顔をして僕を下から見上げる彼女に、くすっと悪戯っぽい笑顔を見せて、

「やめておくよ。恋愛経験の少ない君に聞かせるには、ちょっと刺激が強すぎるからね。」と言ってごまかした。

なによそれ、と頬を膨らませて又僕に寄りかかってくる。
ちょっとは仕返しできたかな。別に僕とチョウが何かあったところで君にとっては関係ないけれど。
だって君はこんな僕の恋愛話を聞いたところで、やきもちなんて妬いてくれないんだろ?
恋人同士でもない僕達が、そんなお互いの気持ちを探るような事をしたところで何の意味もなさないだろう。
逆にこの心地い時間が奪われてしまうのではないかという惧れがあって。

「正直に言うと、今僕に特別な関係の女の子はいないよ。だから君がいくらここで首を長くして待っていようと、そんな娘は現れないよ。」
「うふふ。そう言う事にしておいてあげるわ。」

うん。そう言う事にしておいてよ。君をずっと思い続けてきたんだ。今更彼女を作る気なんておこりません・・・。
そしていつものように、二人で使ったグラスやお皿を一緒に片付けて、11時を回ったころに彼女は帰って行った。






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