House 1-3



その日を境に彼女は、頻繁に僕のフラットを訪れるようになっていた。

彼女はあの日、たまたま僕を見かけたのだと言う。
仕事でこっちに来ていたらしく、つい好奇心で僕を追いかけてしまったらしい。
見つけたときにすぐに声をかけてくれればよかったのに、と言うと彼女は、
声をかけていいものか躊躇してしまったらしい。

誰にも何も言わず、言うなれば逃げるようにして僕はあの世界から去ったのだ。
彼女が声を掛けにくかったのも頷ける。

だけど彼女はその理由を聞くこともなく。
僕も曖昧に笑うだけで。

たったそれだけの再会で終わるはずだったのに、
今度パジャマを返しにくると言って曖昧な約束をして僕たちは別れた。

パジャマなんて返してもらわなくても全然よかったし、彼女がわざわざ返しにくると言った時僕は、
「別にパジャマなんて返さなくていいよ。必要なくなれば捨ててくれていいから。」と言った。
その時彼女がとっても悲しそうな顔をした気がしたけど、気づかないふりをした。
昔のように自分が、彼女やロンにかかわるなんて想像できなかったし、
忘れようとしていたからといって忘れられたわけじゃない。

だけど。
又 以前のように、彼女と親しい関係に戻りたいと思っている弱い自分もいた。
これからも時々会いたい。
あの雨の日みたいに偶然に。

だから、
「まあ、気が向いたらで良いよ。たまたまこっちに来ることがあって、たまたまここを通ることがあったらね。」と、
絶対にそんな事はあり得ないとわかっていて、ずるい言葉でその場をやり過ごした。
なのに、それからというもの。
本当にごく稀に僕の休みの日だったりとか、残業が早く片付いた時だったりとか。
ほんの1時間にも満たない時間の時もあったけれど、そんな僕の少しの時間を分かっているかの様に彼女はやって来た。


・・・これって、やばい状況だよなあ。

頭ではわかっているものの、どうしても彼女の来訪を拒むことが出来ない。
どちらかというと、そんな状況を心待ちにしている自分に気がついて、苦笑を洩らさずにはいられない。
・・・ま、いいか。
これで僕達がどうこうなるわけじゃないし。
そのうちロンとも会わなきゃいけないような状況になった時は、はっきり困ると告げて終わりにしよう。
多分きっと、そんな状況が近いうちに訪れるだろうと、僕はタカをくくっていた。
だからそれまでは、彼女とのこの些細な時間を共有するのも悪くないかもしれない。
決して深入りしないように、必要以上に近寄りすぎないように。

自分の気持ちがうっかり零れてしまわないように、細心の注意を払いながら僕と彼女の奇妙な関係が続く。

***


「ねえ、家に帰らなくていいの?」
壁にかかった時計が11時を回っていて、僕はなるべく何気ない振りを装って彼女に訪ねた。
「・・・あ。ごめんなさい。迷惑、よね。」
「いや。全然迷惑じゃないけど。・・・その、一応君も主婦なんだろ?」

なるべく、いや絶対に彼女の家庭の事には触れまいと心に決めていたはずなのに。
こうして彼女と一緒にいられる時は、その時間を大事にしようと思っていたはずなのに、
多分自分はずっと気になっていたんだと思う。やけに頻繁に訪れる彼女との時間を、知れば気に入らないと怒る存在がいることを。

「僕は一人暮らしだから全然かまわないんだけどさ。でも君には待っていてくれる人がいるだろ?叱られたりしないの?・・・その、こんな時間に帰宅して。」

「・・・。」

そんな僕の問いかけに、呆れるような笑いだしたいような顔をして、彼女は小さく溜息を洩らした。

「私とあなたが会わなくなって、・・・5年 かしら?」
「そんなになる?」
「あなたは本当にこっちの世界の人になっちゃったのね。魔法界の事は全く耳に入ってこない?」

入ってこないと言うか、遮断しているのは自分なんだけど。

「ま、ハリーらしいわね。ごめんなさい、今日はこれで失礼するわ。もしかしたら可愛い彼女と鉢合わせ・・・なんて事になったら困るもの。」
そう言ってグラスに残ったビールを飲み干しながら、キッチンへ向かう彼女の後ろからピザの乗っていたお皿を持って僕も着いていく。

「そんなんじゃないよ。」
僕の質問には答える事はしないで、彼女はグラスとお皿を手際よく洗い始める。
全てを洗い終え、軽くシンクを拭いている彼女の後ろに立ってタオルを差し出しながら。

「今度はいつ来るの?」

と聞いている、矛盾した僕がいた。



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