ギラギラと照りつける太陽じゃなくて・・・。
ゆっくりと日が落ち、
水面に微かに月の光が反射する様な夏の夕暮れ。
誰もいないプールサイドで、
私たちはその月明かりを反射させた水の中に足を入れ、
寄り添いながら最後の夏のひと時を過ごしていた。
10年以上も一緒に過ごしてきて、
社会現象まで引き起こした映画の仕事もつい先日終わりを迎え、
晴れて、「世界一有名な魔法使い」という呪縛から解放されたばかりである。
友達だった彼はいつしか親友となり、兄妹となり・・・、
そして今では大切なかけがえのない存在となっていた。
恋人なんて言う甘い言葉では言い尽くせないほどの繋がりが
今の私たちには存在している。
だって。
子供から大人になる微妙な時間を、
ほとんど一緒に過ごしてきたのだから。
* * *
「ここって、ハリーポッターの世界とは無縁な所だよね・・・。」
開放的で平和で。
「そうね。
真っ青でキラキラした水辺は、物語のどこにも出てこなかったわ。」
「うん。波の高い荒々しい海や、得体のしれない湖ばかりだったよね。」
比較的ダークなイメージの映画の中では、
私も彼もいつも表情を暗くして、衣装も決して派手ではなくて。
だから二人で最後の休暇に、思いきり映画のイメージを払拭する様な場所へ行こうと約束していた。
私も真っ白いサンドレスを着て、彼もブルーの短パンに白のタンクトップ。
今は、俳優の彼でも女優の私でもない。
ただの・・・・
ただの、何だろう?
私はふと首をかしげた。
「どうしたの?」
「・・・ううん。なんでもないわ。」
「そお?」
「ええ。
ただ、私たちって・・・微妙な関係なんだなと思っただけ。」
「微妙かあ・・・。うん、そうかもね。」
「間違いなく友達ではあるけれど、親友っていうのとは又違った感じがするじゃない?」
そんな私の言葉を聞いて、ダンは逞しくなった足でプールの水を蹴りあげた。
そして俯き加減な表情で苦笑する。
「肩書なんて必要?」
「え?」
「だからさ、今まで散々インタビューとかでも聞かれたけどさ。
僕と君の間に”友達”とか”親友”とか、
あるいは”恋人”とかって言う肩書は必要ないんじゃないかと思って。
だって一緒にいたいから今こうしているだけであって、
それが友達でも恋人でもどっちだっていいと思わない?」
「そうなの?」
「うん。じゃあどうして今君はこうして僕と一緒にいるのさ。
友達だったらいなかった?」
彼は右手でプールの水をすくって、私の首筋にツツーっとたらした。
私もすかさず水をすくって、彼の脇腹へとかけてみる。
「うっわ・・、意味深〜。」
「あなたこそ。」
会話とは別の場所で、違う二人がふざけあう。
「で?どうなの?
友達なら、ここにいなかったの?」
「ううん、そんなことないわ。」
「だろ?
僕は君がただの友達だとしても、二人で一緒にここに来たいと思ったと思うよ。」
「あら、ダン。それって矛盾してるわ。
友達だったとしても・・・って事は、今は友達じゃないって言ってるのと同じよ。」
「・・・あ、そっかあ。」
「そうよ。」
そうキッパリと言ってから、私もプールの中の片足をもっと深く入れてみる。
冷たくはないけれど、日焼けで火照った体には心地いいひんやりとした感触。
そんな感触を楽しみながら、ふとダンの言っている意味が唐突として理解できた。
------極端に冷たいわけではないけれど、心地よく沁みわたって行くプールの水・・・。
夏のギラギラした太陽じゃなくて、その名残を微かに残した穏やかなプールサイド・・・。
「でも肩書がない方が、ずっとあなたと一緒にいられるわね。」
「そう、そういうことさ。
恋人なんて言う肩書をつけちゃったら、喧嘩するたびに破局だの言われちゃうんだぜ。
少なくとも僕は、いっくら大きな喧嘩をしたって
君とはずっと一緒にいたいよ。」
-----極端に冷たい水だったとしても、それが火傷をした自分の肌なら救いになるはず。
そう。
私たちはいつも、お互いが求めるかたちでそばにいることが出来たのだ。
それは友達として・・とか、恋人として・・とかではなく、
ただ単にお互いの事が好きだったから・・・。
たったそれだけ。
彼も同じように片足を深く入れた。
静かなプールサイドに、遠くからの波の音と
二人が足で弾く水の音だけ。
チャプンチャプンと動かす彼の足の上に、そっと自分の足を重ねた。
チラッと私を見て、そして足元に視線をずらし照れたように微笑む彼。
私も思わず照れ隠しに、声を出して笑ってしまった。
今までもこうして口には出さないけれど、
お互いの行動やしぐさで、自然と相手の思ってる事がわかっていた。
「付き合おう」なんていう言葉はどちらからも言っていなかった。
でも、こうして私たちは二人っきりでここにいる。
自然と彼の肩に頭を預け、彼の腕は私の腰に回っている。
それも自然な成り行き・・・。
「ダン・・・、好きよ。」
「僕も、大好き。」
即答してくれた彼に、軽く触れ合うだけのキスを何度も何度も繰り返した。
今夜は一緒のベッドで眠ろうね・・・と囁く彼の声に、満面の笑顔で応えた自分。
足を絡めあい、手は相変わらず水をすくってはお互いのあちこちへ濡れた軌跡を作っていく。
深いキスじゃないけれど・・・、
それこそきつく抱擁を交わしてるわけじゃないけれど、
それでもお互いがお互いを切望しているのがよくわかる。
「大好き!」の気持ちが込み上げてくる。
これが私たちのかたち。
友達でもなく親友でもなく・・・、恋人でもないかも?
でも10年掛けて築き上げた一つのかたちに、私たちは満足している。
私たちを出会わせてくれた、あの映画に感謝している。
あの物語のもう一つのハッピーエンド。
でもこれが終わりじゃない。
私たちのお話はこれから始まるの・・・。
そしてずっとずっと続いていく。
ずっと・・・。
END
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