House 5-1


「どうしてもここからのイメージが掴み辛くって・・・」
「掴もうとするから駄目なんだよ。感じようとしなくっちゃ」
「・・・」
「論理的に物事を考えるのが得意な君には、ちょっと難しいのかな」

最近彼女は僕に防衛術を教えて欲しいと言いだした。
ホグワーツも人員不足で、一人の教師が二つの教科を教えることも珍しくないらしい。
ハーマイオニーに限っては、担当の変身術に加えて呪文学と防衛術も受け持つことになったらしい。

「コツってないの?こう・・・、うまく幸せな気持ちで心をいっぱいにするような・・・」
「5年生の時にはうまく出せてたじゃないか、守護霊」
「大人になったら・・・出来なくなっちゃったのよね。雑念が多すぎるのかしら」

確かに漠然とした幸福というものをイメージするのは難しいかもしれない。人によって幸福の形は違う。僕は彼女が感じる幸福は何なのかとても気になった。

「君は5年生の時は何を心に思い浮かべたの?」

そう問いかけた僕の言葉に、彼女はちょっと困ったような表情を浮かべて、

「・・・ん〜、忘れちゃったわ。多分何かを・・・と言うんじゃなくて、あの時の状況を楽しいと感じていたのかもしれないわ。ほら、アンブリッジの目を盗んで、こっそりみんなで防衛術の練習をしてたじゃない?なんだかあの状況が凄くスリルがあってわくわくして。そんな事を考えていたような気がするの」

はぐらかそうとしていたのか、それとも本当の事なのか僕にはわからなかったけれど、それでいいんだ・・・と思った。
僕だって守護霊を出すときは、状況に応じて思い描く幸福は違ってくる。
今は多分、何も考えなくたって立派な守護霊を出す自信があるけれど。

「じゃあさ、ちょっと練習してみようか。今君が言っていたような感じでいいんだよ。無理に思い出そうとする幸福じゃなくって、今身近に感じる幸せが何か考えてみるんだ」

「わかった。やってみるわ」

そう言って彼女は静かに目を閉じた。

「いいかい?じゃあ、今君が一番居たいと思う場所を想像してみて・・・」
「・・・ええ。・・・いいわよ、想像した」
「早いんだね?ま、いいや。じゃあ次は、その場所にあって欲しい物。例えば建物だとか、植物だとか、自分の好きなものを何か一つ」

彼女はくすりと笑って、又いいわよと頷いた。

「そこは外?建物の中?」
「中よ」
「好きなものは動くもの?動かないもの?」
「・・・動くもの・・・」

僕は一歩だけ彼女に近づいた。

「それは・・・人間?動物?」
「人間よ」
「・・・・ってことは、君の愛する人、若しくは尊敬する人・・・」
「どちらでもあるわ、多分」

そこで僕はロンの顔が頭に浮かんだけれど、気にしないようにして先に進んだ。
言い知れぬ不安が押し寄せてくる。
目を閉じて顎を少し上げた彼女の顔が、僕に何かをさせようとしているみたいだった。

「その人は今君のそばに立ってる。君を見て優しい頬笑みを浮かべてる。口の形は、”ハーマイオニー”って呼んでるんだ」

そう言いながら僕はさらに彼女に近づいて行った。目をつぶる彼女の頬にそっと手を伸ばした。
触れるか触れないかの距離で手を止める。
自分の心臓が煩いくらいに動いてるのがわかった。

「・・・その人は君の目の前で、君に触れようとしてるんだ・・・。遠慮がちにそっと手を伸ばしてる。・・・どうする?」
「・・・・触れて、欲しい・・わ」
「・・・・」

僕は、中途半端な位置で止めていた自分の両手で、そっと彼女の両頬を包み込んだ。

「その人がこう囁くんだ・・・」

緊張で声が掠れる。
これは、彼女にしてみればただの防衛術の練習だとわかっているけれど。
でも、そんな練習にかこつけて・・・。

「愛してる、ハーマイオニー・・・」

そして僕は彼女の顔に自分の顔を近づけていく。急に自分の目の前が暗くなった事に驚いたのか、彼女がびっくりした顔で僕を見つめていた。

「・・・目を開かないで・・・。ここにいるのは僕じゃなくて、君がいて欲しいと思ってる人物なんだから・・・」


そして。
僕は彼女に、触れるだけのキスをした。


***


どれくらいに時間が経っただろうか。
彼女はいっこうに抵抗する様子がない。
恋人同士のキスは出来なかったけれど、僕は切なくなるようなキスを何度も何度も彼女に与え続けた。
両手で彼女の頬を包んだまま。愛しくて壊したくなくて、でもずっと自分の腕の中にしまっておきたい。

これは僕の気持ち。叶わないけれど、ずっと君に恋してた僕のありったけの想い。

「・・・ハリー?」

彼女がふと我に返ったようで、ぼんやりした目で自分を見つめている。
このまま冗談にはしたくなかったけれど、報われない想いを告げる事で、彼女と気まずくなる事だけは避けたかった。
名残惜しかったけれど、僕はそっと彼女の頬から自分の両手を外した。

「・・・・ここで、呪文だよ」
「・・・あ」
「エクスペクト・・・?」
「・・・パトローナム・・・」
「そう。きっと素晴らしい守護霊が現れる。ここはマグルの部屋だから、実際やってみる事はできないけれど、今の調子でいけばきっと大丈夫だよ」

そう言いながら僕は彼女に背を向けた。
思わずキスしてしまった。彼女の顔を見ていたらつい・・・。
衝動的と言ってもいいかもしれない。最初は本当にパトローナス・チャームの練習をしようと思っただけだ。
彼女だってそのつもりだっただろう。
だけど。
彼女の想像している世界に、どうしても踏み込んでしまいたくなった。自分ではない誰かを思い描く彼女の世界に。

「・・・ごめん。練習にしてはちょっとやりすぎちゃったかな?」
「・・・・」

怒っているのか、何も言わない彼女に少し不安を感じたけれど、僕はいつものようにふざけた様子で振り返って

「さ、又練習したくなったらいつでも言ってよ。今度はもう少し幸福の度合いをレベルアップして教えてあげようか?」

「ば、ばかっ!」

その意味をやっと理解したのか、顔を真っ赤にして僕の背中をバシバシとたたいてくる。
やっと普段どうりの反応が見られて、僕は複雑な心境で安堵のため息を一つついた。





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